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○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵洋子でございます。

 本日は、公述人の皆様、お忙しい中、大変にありがとうございました。また、今日は大変に貴重な御意見を、現場を踏まえた上での御意見を賜りまして、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

 初めに、本題に入ります前に、それぞれ三人の公述人の皆様、長年教育関係、また子供さん方と携わっていらっしゃる方々でございますので、まず最初に、三人の皆様にお伺いしたいと思いますが、長年、子供たちや教育現場に携わられてきた中で、ここ数年、子供たちや学校教育の現場がこのように変わってきたなという何か変化を感じられているのであれば、その変化についてまずお伺いをしたいと思います。

 その変化が問題や課題であるならば、それに対して、ではどのように取り組んでいったらいいのか、そのお考えもありましたら、併せてこの二点をまずお伺いをしたいと思います。

○公述人(吾妻幹廣君) 昨日、今日、急に変わったという意味のことでは特にございません。

 ただ、傾向としていえば、今の子供たちは耐性がなくなってきているといいますか、なかなか頑張れないといいますか、やはり非常に恵まれた環境で育ち過ぎて、何が何でも頑張るぞみたいな子供が少なくなってきているかなというふうに思います。

 それと同時に、保護者の方々も大分様子が変わってきまして、福島県辺りでいえば、昔は学校はだれでも当然歩いて通ったわけですけれども、今は朝、学校の前は交通渋滞です。保護者が車で送り迎えです。これは、一つはやはり簡単に子供がそういうものを要求するし、親も車で送っていくよと。これは、私どもが子供のころは恥ずかしくて親に送ってもらうなんていうことはしなかったわけですけれども、今の子供は平気です。

 ただ問題は、じゃそれが悪いのかといえば、最近の登下校でのいろいろな子供誘拐等の事件があって、それはまた別な意味で、それは親が責任を持って送り迎えするしかないという状況があることも事実なんですね。ですから、そういう意味では子供が耐性が落ちてきている、あるいは本気になって勉強しないというのは子供が悪いというんではなくて、豊かな、もう何でも自由になる、何でも手に入るような環境を大人がつくってきたということが原因にあると思うんです。

 それから、今の子供の送り迎えでいえば、親が送り迎えしなければ不安で子供をほうっておけない。そうすると、それもやはり親の責任だけ、本人の依頼心だけの問題ではなくて、社会環境がそういうふうに非常に厳しくなってきている。

 そういうことを考えると、教育というのは何かちょっと小手先でここをこうすれば良くなるだろうというような、そういう簡単なものではなくて、社会構造そのもの、あるいは今子供の親である人たちの考え方、そういうところまで含めて教育施策というのを考えていかないと、何か今の子供、こういう問題あるからこういうふうにしたらいいんでないのかなというような、そういうレベルでは簡単には解決できない。じゃ、こういうことがいつからということになると、昨日、今日ではなくて、五年、十年、長い期間があると思うんですね。

 そういう意味では、教育というのは息の長い営みを根気強く、これはこうすべきだということをお互いに一つ一つ積み上げていかないと、なかなか今の教育を明るい未来にしていくのは大変なのかな、そういうふうに思っております。

 以上です。

○公述人(渡辺稔君) ただいまの吾妻先生とちょっと重なる部分があるかもしれませんが、一九七〇年代だったと思うんですが、アメリカの教育学者のウィリアム・カミングスという人と、それからトーマス・ローレンという方が日本に来まして、日本の小中学校あるいは高校をつぶさに一年ほど掛けて調べていくんですね。当時、日本の教育は、どうでしょう、世界的に見て成功しているというふうに評価されていた時代だと思いますね。その成功していると言われる日本の教育について、こういった点、幾つか、十点ほどの点を優れている点として指摘しているんですね。その両者、お二人の先生が共通して指摘している点が、学校に対する威信が非常に高い、あるいは学校の教師に対する信頼が非常に高いという点をお二人の先生は指摘されているんですよ。

 一方、これは関西大学かな、竹内洋さんという教育学者がいらっしゃるんですが、現在、フィンランドの教育が世界的に注目されておりますね。フィンランドの教育をその竹内という方が調べてきたんですね、昨年ですけれども。それによると、まず第一点目が、学校の教師に対する保護者とか地域社会の信頼が非常に高いという、アンケートを取ったりフィールド調査しているわけですけれども。

 そういう状況の中で、私が知り得ない、私、塾始めてまだ二十年ばかりですので、一九七〇年代といえば私はまだ児童生徒の時代です。そういう私の知り得ない時代も含めてなんですが、しかし先ほど吾妻先生がおっしゃいますように、やっぱり学校あるいは教師に対するそういう信頼性が大きく低下してきている。

 私が実際に見たことを最後に一つ申し上げれば、実は一つじゃないんですが、私たち学習塾に保護者が度々やってくるんですね。実は、今日午後二時から保護者との面談が準備されておりまして、私は一時間ほど時間掛けるんですが、いろんなことを話していくんですね。そうすると、もう度々、頻繁に保護者の口をついて出るのが学校の先生に対する悪口なんですね。それはもうすべての先生ではないにしろ、私のような名もないちっぽけな塾の者が、えって思うようなことを、自分の子供に対する先生の対応の仕方であるとか、何を言ったとかどうしたとか、そういうところにこの数十年の学校の先生に対する信頼性の低下の現実を常々強く感じるわけなんですが、そういった変化を強く感じます。

 以上です。

○公述人(中島啓子君) 御質問の子供の変化ということなんですが、第一としては、子供の数が非常に地域において少なくなった。たった六学年違う、うちも上と下の子の小学校のときの子供の数なんですが、上のときに自分の地域だけで五十数人、小さな子供会なんですけれども、おりました。その子供会が、下が小学校を出るときはもう半分以下に子供会そのものの人数が少なくなっているのが、特にいわきでもうちの方はまだ少しは中心部かなと思うんですが、それが実態です。

 そういう意味においては、たくさんいた子供の中で競い合って、たたかれて、いろんな意味で育ったその時代の子供と、今の子供たちは本当に兄弟もいない、たった一人っ子とか、又は御両親が、非常に女性の働く分野も増えていますので、母親が帰ってきたときにうちにいない家庭がほとんどになっております。それでも、幸せなことに、おじいちゃんかおばあちゃんがいて、電気付いていて暖かい部屋が待っているお子さんはいいんでしょうけれども、なかなか、うちに帰ってもかぎを開けて入る、冷たい部屋に入っていく、それができないので、留守番家庭とか放課後児童とかいろんな形で子供はいろんな人に接する機会があるんですけれども、本当に子供同士でたくさん影響し合う、そのたくさんいた一人と、数人の中の一人と、下手すると教室以外の子とはだれともしゃべらないで帰ってくるというこういう生徒、子供の実態があるかと思います。

 近所のお母さんたちにもこの間聞いたんですが、お父さんは一回も中学校の教室に行ったことがない、担任の先生拝んだことないって威張っていたお父さんにみんなで文句を言ったんですけれども、やっぱり中学、高校になったときの父親がもっと入る、昔の親は子供のことは母親任せでおれは関係ない、悪いことは全部おまえが悪いという、そういう風習が今でも残っているかもしれませんけれども、ある中で、やっぱり男性の存在が、今これだけ少子化の中、情報が非常に多い中、悪いこともいいこともある中で、やっぱり子供の変化の中で、いい変化もあるかもしれませんけれども、悪い意味の変化が非常に事件、事故で取りざたされている中で、父親が子育てに、別におむつを取り替えなさいとは言いませんけれども、もう少し子供の成長に目を向けていくことが、子供の悪い変化に対する一つの手だてかなと思ってはおります。

 しかし、子供が悪く変化しているだけではなくて、私自身も二点ほど感動的な目の前でお子さんの状態を見させていただきました。

 高校に入ると無事卒業するのが当たり前なんですけれども、無事卒業させるまでが母親の三年間の闘いに、いわきでもたくさん悩んでいるお母さんがいらっしゃいます。しかし、入学者全員が昨年全員卒業したというのを、うちの子、昨年三月高校卒業したんですけれども、全員が卒業できたんです。みんなで感動して、どこに行ったかはいろいろありますけれども、行く先はいろいろとしても、入学したお子さんが無事母親の願いどおり全員卒業して、みんなが就職したか浪人したかは別としても、無事卒業証書をいただいたということで親が全員で感動して、子供は何なんだなんて顔はしていましたけれども、今全員卒業することが少ない高校というか、そういう実態の中で、画期的な全員卒業をかち取りました。それにはやっぱり先生が、在宅というんですか、悪いことをして自宅待機のところに毎日、毎晩通って、九時、十時、遅れないように教えた先生の奮闘もございましたし、親も隠さないでうちの子はこうだという情報発信を友達にして助け合ったり、お母さんが励まし合って無事卒業までかこつけたという体験もございます。

 あとは、学校は嫌いだけど部活は大好きという、そういう俗に地域でいえば嫌われている御家庭もたくさんありました。中には、お酒があるのか、たばこ吸っているのかというふうな御家庭があったんですが、みんなで部活のメンバーが励まし合って、毎日、とにかく学校に給食の時間には行かせて、部活に参加させて、試合に出させて、無事高校を卒業して今専門学校に行って、本当に親孝行な息子さんになっているそういう同じ部活のお子さんを見たときに、ただ一概に中学校のその姿だけを見てその子を判断するのはいいことではないなと、もう何とかみんなで助け合うというか連携を取り合って、情報はやっぱり隠さないということが母親としての、まあ悪いところは隠したいんですけれども、親として、しかし悪いことは悪いと早くに芽を摘む、そういう母親の勇気も必要ですし、先生方にもその勇気も必要でしょうし、そういう意味では、確かに子供が親をあれするような事件、事故が、もう昔は聞いたことないような事件がたくさん横行しておりますけれども、様々な連携でいかようにもなったかなと、そう思うテレビでの事件、事故でございます。

 ただ、今度は何か、英語も何も小学校から入ってくるという意味では、幸せなことに、今の子供たちは世界を意識し語学を学ぶ、そういう世界市民の、世界的レベルでの意識を持たせられる学校教育がなされると伺っております。そういう意味では、英語教育を通しながら、日本の狭い島国根性じゃなくて、世界を見据えての子供たちが育つことをひとえに願っている一人でございます。

 以上でございます。

○鰐淵洋子君 それぞれのお立場での貴重な御意見、大変にありがとうございました。

 次に、吾妻公述人と中島公述人にお伺いしたいと思いますが、教育における国の責任の果たし方ということで、今回、この改正案に盛り込まれておりますけれども、教育はやはり子供たちや地域住民に近い、身近な学校や市町村が主体的になりまして、それぞれの特色も生かして教育活動を展開していくことが重要であると考えております。

 そこで、教育における国の関与というのは必要最低限度に抑えるべきであると私も思っておりますので、今回こういった、明記はされておりますが、国の教育にかかわる、学校にかかわる役割ということで、改めて御見解をお伺いをしたいと思います。

○公述人(吾妻幹廣君) 先ほども最初の公述でお話ししましたように、特に義務教育を含めて、教育は地域に根差した特色ある教育の展開というのが基本だと思います。ただ、私が思いますのは、日本という国が全く資源を持たない、世界に日本人が羽ばたいていかないと生きていけない時代だということは前提での地域でないと困ると思うんですね。

 地域の教育を突き詰めていくと、最後は、地域に残る教育、地域の会社に就職をする教育、ほかに出ていくんではなくて地域で活躍する、非常に下だけ見るような子供を育ててしまうことになると思うんです。やはり子供はできるだけ伸ばしてやる、子供はできるだけ広い世界に押し出してやるということも大事な教育の一つだろうと思います。

 学力の問題もそうだと思います。地域、地域という観念で教育をしていくと、もうこの辺でちまちまと生きていくのならそんなに勉強しなくていいやという、極端に言えばそういう子供になってしまう。そうではなくて、もうどんどん世界に飛び立っていく時代だよ、そして日本人が世界の中で活躍していくことが日本の国の発展につながるし、その日本の国の発展が一人一人の個人の発展につながると私は思うんです。

 そういう意味では、やはり国のレベルで日本の教育をどうするのかということが片方にあって、片方に地域で生きる教育はどうだということ、そのどっちかだけでは私は教育はうまくいかない、これは両方相まって日本の子供の教育をつくっていくものだと、そういうふうに思っております。

 以上です。

○公述人(中島啓子君) 国の責任の話がございましたが、一番学校教育にかかわる地元でお願いしたいのは、やっぱり地方行政に対する予算を、子供の将来にかかわるいろんな手だてに関してお金を出してくださることが地域は一番うれしいことではないかなとは思います。

 福島県の中でもいろんな町村ございまして、非常に子供たちを大事にする地域なんでしょうか、予算を、ある小学校六年生だったでしょうか、全員を、船で行くグアム研修みたいな形で、卒業修学旅行というんでしょうか、とにかくどの子にも全員六年生になると行かせているというのが、かえって町や村の方が子供たち、小学生を大事にしていると。いわき市の場合、余りに多過ぎて、その子たち全員に行かせたら膨大な予算になるかと思いますけれど、小さな単位の町や村ほど子供たちを大事に大事に、お金の予算を子供の将来に、ましてや外国に船で行く往復の旅費といったら、一けた二けたという万単位でのお金を町や村が投与して、子供たちの未来に希望をというか、世界というものを見せてあげたいという、そういう手だてをしたことを伺っております。

 そういう意味では、福島県はこういう財政というか、いろんな意味では、関東の中で一番、首都圏に近い福島県なんですけれど、会津、中通り、浜通りと様々な気候、人種、人種が違うというほど会津といわき弁では全然、何語をしゃべっているか分からないほど、会津の人としゃべっても分からないというほど多岐にわたった福島県でございます。

 そういう意味では、どうか国の立場で地方行政、また人材を出す、新しい子供たちに希望を与える意味で、いろいろな派遣制度にしても奨学生制度にしても、夢のあるプランを提示していただければ、それに希望を掛けて挑戦する子供たちも出てくるのではないかと。

 今回、いわきでもたしか八月に中国との交流団で、卓球の選手が、小学校五年生が今回、知り合いのお子さんが行くと伺いまして、非常に夢と希望を持って隣の中国に行くことを親御さんが楽しみにしているというのを聞いたときに、勉強の姿勢が全く変わったというんですね。やっぱり中国に行くのには日本の代表で行くんだみたいな、小さな学校の我が家の子ではなくて、代表として行くんだという意識で非常に人間が変わりましたとお母さんからうれしいお話を聞かせていただきました。

 そういう意味では、こういう東北の中では中心の仙台とまた違って遠いいわきなんですけれど、どうか国の支援の中で、北海道の子も東京の子も同じ希望を持てるようなそういうプランを是非検討していただきたいと、そういうふうに思っております。

 以上です。

○鰐淵洋子君 時間になりましたので、以上で終わらせていただきますが、本日は、本当に三人の公述人の皆様には大変に貴重な御意見を賜り、再度御礼を申し上げます。大変にありがとうございました。


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